小学館ファミリーネット 小学一年生

小学館ファミリーネット

第2話
「タグ、出ずる」

1997年、小学校2年生の秋。8つのアヤカは放課後、紅葉の落ちた小さな公園で友達と遊んでいた。

その公園は、汐入小学校と、自宅のちょうどまん中にある。小学校から公園までスキップしながら5分。横浜市鶴見区(つるみく)の「下野谷第2公園」といった。「したのや」と読む。アヤカたちはただ「第二」と読んでいた。「ダイニであそぼ」と。

工場地帯そばの住宅地の一角。あっちこっちのえんとつからけむりがでていた。近くに首都高速道路の羽田線がみえ、公園のまわりを4階だてのマンションや民家が囲んでいる。フットサルのコートがやっとでとれるくらいのスペースの角には緑色と赤色、青色にぬられたブランコ、黄色のすべり台、赤、青色のカラフルなジャングルジムがならんでいる。

柱の大きな時計はこわれている。交通整理のおまわりさんの両手のように、針はずっと午後3時をさしていた。男の子たちはすべり台やベンチにすわってテレビゲームに興じ、女の子たちはブランコでお菓子を食べながらおしゃべりに熱中していた。

ある日、近所の消防士の「おじさん」が公園のまん中あたりでたまごの形のボールで“鬼ごっこ”をはじめた。アヤカにはそう見えた。

そのおじさんが、当時38歳の鈴木雅夫(すずきまさお)だった。身長160センチ。ちょっぴり太めの体型。人なつっこい笑顔。じゅんすい、実直な性格で、指導者として重大な資質である楽天性としつようさを持っている。タグラグビーの指導こそが、おじさんの人生である。

高校、大学とラグビーをやって、消防署につとめてからもラグビーをつづけていた。その日は、神奈川県ラグビー協会のタグラグビーの講習会に参加した次の日だった。

おじさんは、さっそくタグラグビーのセットを4つ買い、妻の恭子(やすこ)と、長男で小学校1年生の健太郎(けんたろう)、幼稚園児の長女・陽子(ようこ)といっしょにタグラグビーをやってみていた。

よくみると、腰にマジックテープでふたつのオビをぶらさげている。おじさん家族が大声をあげながら公園を走り回っている。おじさんと顔なじみの親友のマイちゃんから、「仲間にはいろう」とさそわれた。

アヤカは最初、ことわった。でも二度目は、しぶしぶ仲間にいれてもらった。

「おじさん、入れて」

「いいよ。何年生?」

「2年生」

「へえ〜。健太郎のひとつ上か」

最初は3対3で対戦した。おじさんたちのチームのボールになると、3人とも両手を後ろに回している。ボールがどこにあるかわからない。ボールを持っていない人のオビを抜くと反則だ。おじさんがボールをかくしていると思っていると、健太郎がボールを前に持ち直してダーッと走っていく。

アヤカはカケッコには自信があった。オビを抜かれてもお構いナシでトライするまで走り続けた。「タグをとられたら、パスしなきゃダメなんだぞ」。そうおじさんからおこられた。

その当時の子どもたちの遊びが「木登り」「カンけり」「ぽこぺん」だった。ぽこぺんとは、オニにみつかってつかまると、木にさわってないといけない。仲間が「ぽこぺん」とさけびながら、木にタッチすると、にげることができる。なんとなくカンけりににていた。

アヤカは木登りも得意だった。公園のすみの桜の木にのぼって、えだの上にベニヤ板をはって、「ひみつきち」をつくるのだ。

「とにかくオテンバでした。いつもスリ傷だらけで…。2つ上のおにいちゃんがいたのでオトコの子といっしょに遊ぶことがおおかった。トライはたのしかったなぁ。そのうちにタグラグビーに夢中になったんです」

平日に2、3日。おじさんが消防署の非番のときが『タグの日』である。

アヤカたちは放課後、公園におじさんをみつけると、タグラグビーをはじめる。まん中に運動靴でラインをほって、4人対4人、5人対5人でゲームをやった。目指すは「トライ王」。トライをたくさんとるのだ。

おじさんは思い出す。

「アヤカはトライをとれないとくやしがってねえ。ぶつかってトライのじゃまをするとべそをかくんです。気が強いんだけど、けっこう泣き虫なんですよ」

汐入小学校は、一学年にたったひとクラスの単一学級の学校である。いわゆる『単一校』。それだけに仲間意識が強いのだろう、友だちが友だちをよんで、あっという間に40〜50人にふくれあがった。ちび、でぶ、のっぽ、やせっぽち。1年生から6年生まで全校で190人だったから、4人に1人が公園に集まるようになった。

まさにタグラグビーは汐入でブームとなった。のちにここがタグラグビーの聖地となる。

日本のタグラグビーは、ここ、“ダイニ”より出ずる。

第3話に続く

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ラグビーガールズ 鈴木彩香 第2話「タグ、出ずる」

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