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第二章・第1話
「大震災の中で」

2011年3月11日の金曜日、東北関東大震災が発生した。マグニチュード9.0という巨大地震と、それによる大津波が町をつぶし、人々の暮らしをうばった。

そのとき。

アヤカは神戸にいた。阪神線の御影駅から歩いて約20分、名門の神戸製鋼ラグビー部の練習グラウンドでだ円球を追いかけていた。女子ラグビーの日本代表の合宿である。

練習が終わったとき、顔見知りのテレビ局の関係者が声をかけてきた。東北ですごい地震があったらしい、と。

「すごい、と言われても…。どれほどの地震か想像できませんでした」

突然、アヤカは妙な不安におそわれる。宿泊先のチームメイト、辻本つかさの自宅に戻ると、テレビのニュース画面に我が目を疑った。

「うわっと思いました。津波がすごくて、びっくりしました。神戸は全然フツーだったので、ほんと夢をみているような感覚でした」


アヤカこと鈴木彩香は、女子日本代表のエースである。1989年生まれの21歳。神奈川・関東学院大学3年生。167センチ、60キロ。いかついイメージのラグビー選手というより、なんと言うか、モデル風のすらりとした外見なのである。

グラウンドに立てば、司令塔のスタンドオフとして自在にボールをあやつる。大声でゲキを飛ばし、スキップを踏むがごとく、ぴょんぴょんと跳(は)ねていく。少し染めた髪が春風に揺れる。

そのアヤカの顔がこわばっている。不安になって、横浜の自宅に電話をいれたけれど、まったくつながらなかった。家族は大丈夫なのか。携帯でメールもいれてみた。

一時間後、やっと母の紀子(もとこ)からメールが戻ってきた。

《こちらはみんな大丈夫。アヤカはどうなの?》と。

そうえいえば、ラグビーの指導を受けた関東学院大学ラグビー部員が卒業し、被災した岩手県釜石市のクラブチーム『釜石シーウェイブス』に所属しているはずだった。その人の安否を気遣っていたら、かつてのタグラグビーの名コーチ、おじさんこと鈴木雅夫から《釜石の選手も大丈夫》と携帯メールが入った。幸いにも、関係者に犠牲となった人はいなかった。でも数多くの人が命を落とした。ひどく心が痛んだ。

宿泊先の辻本と話をすると、8つ歳上の先この先輩は、1995年、中学1年生のときに阪神淡路大震災を体験していた。

「いろんな話を聞きました。1か月くらい水が使えなくて、自宅に帰れずつらかった話とか…。いまもトラウマになっているそうです」

人は自然の前では無力である。平穏な生活があってこそ、ラグビーを楽しむことができる。平凡だが、かけがえのない日常が、だ円球の世界にはある。アヤカはそう、思った。

「災害が起きているときに練習していた自分たちがすごく不思議な感覚になったのです。自問自答しました。苦しい人や悲しい人がいっぱいいるときに、ラグビーの練習をしていていいのかって」

 

翌日の午前8時過ぎ、アヤカは辻本と神戸の練習グラウンドにいった。曇天。ちょっぴり肌寒かった。交通機関がマヒしていて帰れないこともあって、日本代表合宿の練習は予定通りに実施された。

なんだか、みんな浮足立っていた。不安、焦燥、悲嘆…。敵味方にわかれて、ボールをうばい合う練習をした。ボールを持っている選手がタックルを受けたら、ポイントをつくり、すかさず2人目、3人目がはいって、敵を払いのけていく。いわゆる「オーバー」といわれるメニューだった。

集中していないと、敵にボールを奪われてしまう。しっかり低く突っ込み、味方同士で固まらないと、敵に割って入られてしまうのである。闘志の人、コーチの萩本光威はいつも以上にアツかった。怒声がとぶ。

「おまえらの魂はこんなものなのか!」

「仲間を助けようと思わないのか!」

「おまえらサクラをしょっているんだぞ」

サクラとは、日本代表のエンブレムである。つまりは日本を代表するプライドなのだ。代表ならば代表にふさわしい闘志あふれるプレーが求められるのだった。

オーバー、オーバー、オーバー。タックル、タックル、タックル。仲間を見捨てるな。ラグビーのモットーを思い出せ。

《ワン・フォア・オール。オール・フォア・ワン(一人はみんなのために、みんなは一人のために)》

心はひとつである。

アヤカは相手とぶつかりすぎて頭がガンガンしてきた。首筋が痛くなった。それでもチームメイトに声をかけた。

「やるんだったら、しっかり集中してやろう。集中しないと、けがするよ」

午前の練習がおわる。コーチの浅見敬子が選手に聞いた。合宿を打ち切るかどうか。震災の影響が心配なら、これで解散にしよう。練習を続けたい人はいるか、って。

アヤカは練習続行を主張した。ほとんどの選手が「練習をやりたい」と言った。ただ地震による液状化現象で被害をうけた千葉・舞浜に住む冨田真紀子だけは離脱することになった。

アヤカは近くのコンビニエンスストアでいなり寿司とジャスミンティーのペットボトルを買って、ロッカールームでランチとした。午後の練習は壮絶を極めた。頭痛がひどくなり、チーム練習からは離れた。

練習風景をぼんやりみながら、アヤカはかけがえのない日常を感じていた。わたしたちは、地球という小さな惑星で、ささやかな営みを繰り返し生きている。ラグビーができる幸せが、痛いほど胸にしみる。

この未曾有(みぞう)の大震災で被災した人々の悲しみや苦しさを想像する。犠牲者を悼(いた)む。無事を祈る。考える。自分たちに何ができるか。

「結局、わたしはラグビーをやるしかないんです。これまで、自分のためにやることが、みんなのためになると思っていました。でも、これからはちょっと違う。無条件なんです。とにかく、みんなのためにラグビーをがんばっていこうと思うんです」

ひとつのパス、ひとつのタックルに心を込める。多くの犠牲になった人々への鎮魂を込めて、ただひたすらだ円球を追いかける。ごう慢かもしれないけれど、自分が日本代表でカラダを張ることが子どもたちを元気づけることになるかもしれない。

みんなのために。ただ、みんなのために。しぼみがちな世の中を活気づけたい。すこしずつ、ひとつずつ、女子ラグビーの日本代表をつよくしたいのだ。

小さな小さな存在だけど、アヤカの心にラグビー魂が燃え始めている。

さあ『ラグビーガールズ』、運命と笑顔の苛烈(かれつ)なストーリーがはじまる。

第2話に続く

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ラグビーガールズ 鈴木彩香 第二章 第1話「大震災の中で」 ※写真はすべてイメージです。

ラグビーガールズ 鈴木彩香 第二章 第1話「大震災の中で」 ※写真はすべてイメージです。