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第二章・第3話
「震災復興の力に」

東北は盛岡。

空は青く晴れわたり、遠くには雪をかぶった岩手山がそびえる。空気がとても澄んでいる。アヤカは大きく深呼吸をする。

「すごく楽しくて。子どもたちのキラキラした目を見て、こちらが元気をもらいました。自分もすごくがんばらないといけないナって思ったのです」

5月15日の日曜日。東日本大震災の被災地、釜石のクラブチーム『釜石シーウェイブス(SW)』が、盛岡で、関東学院大学と戦った。震災後、初の対外試合だった。

いわゆる復興イベントのひとつである。釜石SWの前身、かつて日本選手権7連覇を果たした新日鉄釜石や日本代表OBも全国各地から駆けつけた。東京から松尾雄治さん、福岡からは森重隆さん、元ジャパン(=日本代表)の林敏之さん、本城和彦さん…。

アヤカたち横浜ラグビーアカデミーのメンバーもイベントに招待された。釜石SW×関東学院大学の前座として、元ジャパンの選手たちや地元ラグビースクールの子どもたちとタグラグビーの試合をするためだった。

アヤカは足のケガをおして、盛岡イベントに参加した。正解だった。いろんな人の震災復興にかける思いを知った。ラグビー仲間や子どもたちのピュアな情熱にも触れた。

「子どもたちの笑顔やスタッフのひたむきな姿に感動しました。復興イベントを成功させようと、みんなが一生懸命に取り組んでいる。ラグビーを楽しめる空気がものすごく幸せだナって感じたんです」

イベント前日の土曜日。アヤカたちは、地元のラグビースクールの子どもたちにタグラグビーを指導した。おじさんこと、鈴木雅夫コーチも一緒である。

盛岡駅から車で1時間ぐらい離れた盛岡南公園球技場のサブグラウンドだった。緑の天然芝がとても心地よかった。スクールの子どもたちは10人ぐらい。最初はもちろん、横浜ラグビーアカデミーにはまったく歯が立たなかった。

そこでメンバーをごっちゃにして2つのチームに分けて、タグラグビーのゲームをやった。特別ルールをひとつ、つくった。相手の名前を呼ばないとパスをしちゃダメ、というものだった。だから自己紹介をし合って、それぞれが名前を覚えないとゲームにならない。日本代表だろうと、スクールの子だろうと関係ないのだ。

「アヤカ!」

そう呼ばれて、アヤカはパスをもらう。「×××」と叫んで、パスをつなぐ。走る。相手がきて、タグを抜かれそうになる。また子どもの声が出る。

「アヤカ!」

パスがくる。これがまことに楽しかった。子どもの頃の鬼ごっこのように心が弾むのである。陽がとっぷりと暮れていく。照明がないから、そろそろ終わりだ。でもスクールの子どもたちがおじさんに催促する。「もっとやろうよ」と。

最後にはもう一回、所属のチーム別に戻した。スクールの子どもたちの動きが違っていた。走る。転がる。立ちあがって、走る。スクールの子たちがトライを挙げた。

「もう動きも顔も全然違うんです。顔が生き生きしていた。まったくタグラグビーのオモシロさを再確認したような感じでした」


アヤカはふと、中学時代を思い出す。

放課後、関東学院大学の釜利谷グラウンドにいって、大学のラグビー部のお兄さんたちにタグラグビーを指導してもらっていた。何度も試合をやってもらった。楽しかった。

とくに面倒見のいいラグビー部員がいた。いつも真剣、いつもホンキ。アヤカたちがミスをすると、そのラグビー部員は丁寧に正しい方法を教えてくれた。

その部員が、釜石SWの主将、フランカーの佐伯悠さんだった。

アヤカが言う。

「頭がいい人だった。決して手を抜かない。佐伯さんから、“あきらめない”ことの大事さを教えてもらいました」

その佐伯さんは大震災のあと、復興のシンボルとして、釜石SWの先頭に立っている。あきらめない、その言葉を実践している。試合では、ラグビーが再びできる喜びを身体全体で表していた。

復興イベントでは、釜石SWが関東学院大学に快勝した。釜石名物のカラフルな大漁旗がバックスタンドで何本もはためいた。

なんだかアヤカも胸がジンときた。珍しく、しみじみと漏らす。

「震災の後、ラグビーをやることについて、すごく考えるようになりました。生きることって当たり前じゃないんですよね。釜石SWの人たちはラグビーができる意味を考えたと思います。わたしも、(震災復興のため)できることはなんでもやりたい」

生きるってなんだろう。ラグビーって何だろう。この頃、よく思案するのだ。

「人ってほんと、周りから頼られると、それに応えたくなるんだと思います。人ってステキですよね、やっぱり」

アヤカはケガで苦しみ、震災で人生を考えた。サッカー選手の著書など本をよく読むようになった。つまりは哲学する、こういった時間はやがて力となる。

「ちょっとは周りが見えるようになった気がします。これまで当たり前だと思っていたことでも、周りがやってくれていたんだって分かりました。今まではワガママだったんだナって。ははは」

アヤカはつくづく、思うのだ。ラグビーの『ワン・フォア・オール』(みんなたのために)はいい言葉だナ、と。

そうなのだ。人は一人では生きられない、のである。

第4話に続く

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▲盛岡で小学生達とタグラグビーをプレーした横濱ラグビーアカデミーの面々。左から2人目がアヤカ。左端がアユミ、左から3人目がヨウコ。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲盛岡で小学生達とタグラグビーをプレーした横濱ラグビーアカデミーの面々。左から2人目がアヤカ。左端がアユミ、左から3人目がヨウコ。
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▲釜石シーウェーブスvs関東学院大学の試合前にタグラグビーのゲームを披露。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲釜石シーウェーブスvs関東学院大学の試合前にタグラグビーのゲームを披露。
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▲アヤカの中学生時代、ラグビーをいろいろ教えてもらった「お兄さん」、釜石シーウェーブスの佐伯悠キャプテンと。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲アヤカの中学生時代、ラグビーをいろいろ教えてもらった「お兄さん」、釜石シーウェーブスの佐伯悠キャプテンと。
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