小学館ファミリーネット 2017年度小学一年生モデル

小学館ファミリーネット

第二章・第5話
「挫折(ざせつ)を糧(かて)に」

季節が移ろい、人も変ぼうしていく。ひとつ挫折(ざせつ)を味わい、またひとつ成長する。気のせいかな、アヤカの顔がたくましくなった。

晩秋の夜。

横浜のマリノスタウン『みなとみらいスポーツパーク』。横浜ラグビーアカデミーの練習である。ひんやりと透きとおった風の中、アヤカがストレッチを終える。

パス練習をしようと立ち上がると、小学生の女の子が大きなだ円球を抱えて、恥ずかしそうにモジモジしながら寄ってきた。

アヤカの顔がパッと明るくなる。腕をぐるぐる、両手で構える。

「やりましょか」

パス練習がはじまる。女の子が一所けん命投げるボールを軽く受け止め、フワリとやさしく投げ返す。慣れてくると、軽くスクリューを加える。リズムが出る。

からだが火照(ほて)ってくる。赤いスパイクで軽くキック。あらよっと、スクリューパス。ボールが生き物のように弾(はず)む。

あたかもマジックショーをみるかのように、女の子の目がキラキラしてくる。アヤカの額に汗の粒が浮かぶ。とても楽しそうだ。やっぱりラグビーって、練習でも楽しくないとラグビーじゃないのである。

元気になってよかったですね、と声をかけると、アヤカはハッハッハと笑った。

「すぐ元気になりましたよ。あのときは、なんだったんだろう。悔しいという気持ちと、みんなに迷惑をかける申し訳なさと、“今にみてろよ”みたいな気持と…。いろいろだったんです。結局、(コンディションが)上がってきていない中では当然の結果かな、と思ったんです」

何のことかといえば、女子7人制ラグビーの『アジア・ウィメンズセブンズ』(10月1、2日・インド)の日本代表落ちのことだった。主将も務めたことのあるアヤカにとっては、初めての挫折といってよい。プライドはいたく傷つけられたに違いない。

アヤカは昨年のアジア大会で負ったけがの影響でリハビリに取り組んでいた。ようやく6月から本格的に走り始め、7月に接触プレーができるようになった。8月の日本代表最終選考合宿(長野・菅平)。いくらアヤカでも選考試合でコーチたちを納得させるプレーをすることはできなかった。

確かにフィットネスはまだ低かった。それでも実績、ゲームコントロールの能力、センス、リーダーシップなどを加えた総合力では誰にも負けていない。つまりは代表からもれるとは思っていなかった。

しかし、アヤカの名前は日本代表のメンバーにはなかった。頭が真っ白になった。もう涙が止まらなかった。

「自分を落としたら、ゲームコントロールできる人が少なくなるから、みんなに迷惑をかける申し訳なさを感じて…。すごく苦しかったし、悲しかったし、つらかったけれど、なんとか我慢することができました。なんていうんですか。ガマンした分だけ、次のチャンスにぶつければいいんだ、と」

アヤカは仲良しの加藤慶子にも電話をいれた。ケイコもまた、代表からもれていた。互いに励まし、奮起を誓い合った。しっかりトレーニングを積んで、こんどセレクション(選考)があったとき、完ぺきなパフォーマンスを発揮(はっき)して周りを見返そうね、と。

そのためにはトレーニングしかない。フィットネスを高めて、ラグビー・スキルをみがくしかないのだ。まだ22歳。

「自分の最優先課題はフィットネスなんですけど、それだけではよくない。ウエイトもアジリティ(俊敏性)もスピードトレーニングもスキルもまんべんなく、上げていきたいのです。目の前を見るというより、5年後、6年後を見据(す)えたとき、いまは焦る時期ではないな、と思うんです」

アヤカがいない日本女子は「アジア・ウィメンズセブンズ」で3位に終わった。優勝が中国、準優勝がカザフスタン。日本は中国に完敗した。彼我の力関係は変わっていない。大会のDVDを見て、アヤカは「打倒!中国」をあれこれ思案した。闘争心に火がついた。


高層マンションに囲まれたグラウンドではタッチフットが始まった。照明の下、アヤカの動きは群を抜いている。ランにしても、パスにしても、うまいなあ、とつくづく思う。

挫折を経て、少し変わったかナ。ことしは「試練の年」と言っていた。その通りになった。小さく笑う。

「ことしは代表経験が少なかったし、自分が満足できるプレーが全然できなかった。でもこういった苦しい時期も必要だと思うんです。いまは気持ちがモヤモヤしていたとしても、トレーニングをしっかり積めば、1年後、2年後にプレーに出るんじゃないか、と。もう1年は土台作りです。からだを鍛え直して、それからパフォーマンスをあげていく」

関東学院大4年生。卒業後の進路は未定である。2016年リオ五輪に向け、どんな環境が最善かとじっくり考えていく。

「ラグビーを楽しみたい」

と、アヤカはふと、もらす。

「試合に出られないと苦しい。劣等感というか、みんなに対して、ついライバル視してしまう。でもラグビーってそうじゃない。大好きな仲間とやって、楽しいと思うことが、やっぱり原点だと信じているから。そういうところに戻りたいんです」

タッチフットのゲームが終わる。グラウンドの隅で、男性コーチにダミーを持ってもらい、アヤカはひとり、タックル練習を始めた。一発、二発…。からだ全体から覇気(はき)が漂う。

「エンジョイ・ラグビー」。風の冷たさが増していく。ラグビーを楽しみたいからこそ、より真剣さも増していくのである。

第6話に続く

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▲気のせいか、たくましくなったような顔つきのアヤカ。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲気のせいか、たくましくなったような顔つきのアヤカ。
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▲小学生とのパス練習では笑顔がほころぶ。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲小学生とのパス練習では笑顔がほころぶ。
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▲2016年のリオ五輪に向け、アヤカも決意を固める。【ラグビーガールズ 鈴木彩香】
▲2016年のリオ五輪に向け、アヤカも決意を固める。
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