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第二章・第6話
『一寸先は光。「苦」から「成長」の年に』

師走(しわす)。ピューピュー冷たい北風が吹く。横浜の関東学院大学の釜利谷(かまりや)グラウンドにも紅葉が落ちた。枯れ芝の上に赤色、黄色のブナ、イチョウの葉…。

メイングラウンドでは関東学院大学ラグビー部のいかつい男たちが楕円球(だえんきゅう)を追っている。となりのサブグラウンド。アヤカはトレーナーの指示をマンツーマンで受けながら、ダッシュをひたすら繰り返す。

「陸上部に戻ったような気分です。スタートから両足ついて、おおきく一歩を踏み出す。ダッシュして、ピタッと止まる。そんなことを繰り返す。走るフォームの改善に取り組んでいるんです」

たとえば「パタパタパタ」というメニューがある。ダッシュして止まって、コーナーを走ってパタパタパタと止まって、またダッシュする。パタパタパタと止まって、すぐに切り返す。パタパタパタと止まる。

赤色のジャパン(=日本代表)のヤッケに黒色の短パン、ロングスパッツ、赤色のスパイク。止まるたびにポニーテールの黒髪がゆれる。ひたいの汗がとぶ。「いまのフォームはどうでした?」とトレーナーに確認する。「グッド」と言われると、笑顔がパッと広がる。

ざっと3時間。単調かつ、濃密なランニングの基本練習がつづく。冷たい雨が落ちてきた。「ちくしょう」とつい漏(も)らす。急いでフィットネス、ストレッチに取り組んだ。

「やっと全力で走れるようになりました。足を痛めて、1週間半ぐらいはウエイトトレーニングだけでしたから。走るのは、やっぱり楽しいですね」


ウサギ年の1年が終わる。

京都・清水寺で発表される「今年の世相(せそう)をイメージさせる漢字」には『絆(きずな)』が選ばれた。では、アヤカはなんだろう。そう問えば、「出た~」と笑い転げて、即答した。

「苦ですよ、苦」

なんだか切ない。

「苦です。悩むとか、我慢(がまん)とか」

たしかにツライ1年だった。昨年のケガの影響で満足なプレーがなかなかできず、10月のアジア・ウイメンズセブンズ大会の日本代表メンバーから外れた。悔しくて、悲しくて、苦しかった。

「でも、その分、成長はすごくあると思うのです。精神的にも肉体的にも。いや、やっぱりメンタルの成長がおおきいかな」

アヤカは変わった。ジャパンに対し、謙虚になった。ラグビーに対し、よりピュアになった。いっそう好きになった。フィジカル・フィットネス、つまりはカラダ作りにも真摯(しんし)に取り組むようになった。

ラグビーを離れても、いろんなことがあった年である。3月の東日本大震災。秋には被災地・宮城の小学校のちびっ子たちが横浜を訪れ、一緒にタグラグビーを楽しんだ。バーベキューパーティーもやった。たくさんの笑顔にふれ、なんだか力がわいてきた。

「子どもも親も、私たちに対し、希望を与えるものを求めていたのでしょう。自分もすごく苦しい日々だったので、一緒にがんばれると思いました。今年、自分のパフォーマンスは全然見せられなかったけれど、それでもがんばっていれば光が射してくるんじゃないかなって。そんな気持ちになったんです」

そうなのだ。『一寸先は闇(やみ)』ではない。一歩、踏み出せば、おおきな闇から抜け出せる。むしろ『一寸先は光』なのである。

いずれジャパンに復帰する。チームを動かす。声だけでなく、プレーでもリードする。そう信じている。

「一つひとつのプレーをすごく考えるようになりました。プレーで仕事できる人間になっていきたいナ、と思います」


まだ関東学院大学卒業後の進路は確定していない。もちろんラグビーは続ける。企業に就職するのか、どこかの大学院に通うのか。

「これからの1、2年は、たぶん重要な時間になると思う。だから安易に選択はできない。慎重に決めたいのです」

いずれにしろ、決断のときはくる。環境がどうであれ、生活の中心でやることはわかっている。ラグビー選手として己をきたえる。タツ年の来年はどんな年にしたいかと問われれば、「成長」と短く答える。

「自分の能力を磨(みが)き、チーム力も上げていきたい。“1”足す“1”が“10”となるようなチームにしたいのです。成長、飛躍…。いっぱい、いっぱい経験したい」

木枯らしが吹く。2016年リオデジャネイロ五輪に向け、アヤカは一歩、一歩、踏み出していく。ターゲットは大きな世界。

どこまでもどこまでもみんなと一緒に歩んでいこう。「一寸先は光」なのだ。

第7話に続く

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