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新しい辞書のかたち「コトバノチカラ」

さまざまな分野で活躍する方々に、「言葉がもつ力」「言葉の魅力」について語っていただきます。


第1回[スペシャル対談]深谷圭助先生×岡田武史氏

深谷圭助

深谷圭助(ふかやけいすけ)

1965年生まれ。愛知教育大学卒業。現・中部大学現代教育学部准教授。
自身が小学校教員時代に提唱した『辞書引き学習』の実践と普及に邁進中。日本のみならず、海外の教育現場からも注目を集め、国内外を飛び回っている。

岡田武史

岡田武史(おかだたけし)

1956年生まれ。早稲田大学卒業。現・日本サッカー協会理事。
プロサッカー選手、コーチとしてのキャリアを積み、日本代表監督・Jリーグクラブ監督を歴任。現在は、含蓄に富んだ語り口をいかし、講演活動等を行う。


『辞書引き学習』を提唱し、子供の才能を伸ばし続ける教育者・深谷圭助先生と、2010年のサッカーワールドカップで、監督として日本チームを決勝リーグへ導いた岡田武史氏。
サッカーや言葉を通して、『指導者』という共通の立場から、『言葉の力』についてふたりが語り合いました。

■言葉という『形』に『魂』をこめる

深谷圭助氏(以下、深谷) 『人間万事塞翁が馬』、岡田さんはこの故事成語をいろいろな場所で使われていますよね。これはいつ頃からですか?
岡田武史氏(以下、岡田) 最初に知ったのは、青島幸男さんの小説『人間万事塞翁が丙午』(※1) なんですよ。その本がおもしろくて、意味を調べたんです。それが90…何年頃かなぁ。その後98年ワールドカップ(※2) の際に、人生どうなるかわからないと実感して、使うようになったんです。
深谷 言葉というのは、その時々の心境や置かれた状況によって、見え方が変わってきますよね。
岡田 ほんとに。使いようによっては、意味以上のものを伝えられる。けど逆に言えば、安易に使えない。僕は言霊はあると思っていますから。今回のワールドカップでも、選手たちに「本気でベスト4目指してみないか」とずっと問い続けてきました。自分が本気の時は相手にも伝わるものです。
深谷 選手にしても、自分が今本気になっていると実感した時、本当に言葉の意味を理解できますね。
岡田 『ベスト4』って紙に書いたり、『ベスト4になります』って声に出したりする。するとすごく意識が強化されるんです。なぜかはわかりませんが。
深谷 繰り返すうちに、心構えがでてきますよね。一時期教育界では、古い形式的な学習方法が批判されることもありましたが、最近は書き取り・音読はまた注目を浴びています。形にきちんと魂を込めていく。これは教育の上では大切な一手法だと思います。
岡田 サッカーの指導でもそうですが、形式的に練習させる時期と、自由な発想でやらせる時期のタイミングが大事なんです。教育でも、戦前の学習方法にもいいものはあった。それを現代の教育方法とうまく併用させる時代に来たのかもしれません。

※1 青島幸男による、戦時中~戦後の日本橋を舞台にした小説。直木賞受賞作。
※2 1998年、フランスで開催されたサッカーワールドカップ。岡田氏が日本代表監督を務め、初出場となるも予選リーグで敗退。

■極めて少ない言葉の世界で生きている私たち

深谷 では、言葉と教育について考える立場にある私から…、今日は辞書引きを体験していただきたいのですが。
岡田 老眼には字が大きくていいなぁ、この辞書(笑)。
深谷 調べたい言葉を引くのではなくて、辞書をパッと開いて知っている言葉、気になる言葉を見つけたら、ふせんに書いて貼っていってください。知っている言葉でも、自分が覚えていたことと違う解釈が載っている場合もありますから。

岡田武史氏


──10分後──

深谷 どんな言葉をチェックされましたか?
岡田 弟妹(ていまい)、はしけ、馬耳東風…東風は春の風のことって書いてある。知らなかったなぁ。あとは播種(はしゅ)、へそで茶をわかす、ヘボン、陵(みささぎ)…。子供が使うのかなって思うような言葉が、結構載ってますね。
深谷 そうですね。この辞書は子供用ですが3万5千語収録されているんです。これだけあると、使わない言葉・知らない言葉もたくさんあって、大人でも極めて少ない言葉の世界で生きているということに気づくと思います。
岡田 今は電子辞書で調べてしまいますしね。
深谷 調べたい言葉が決まっている時は、電子辞書も便利ですが、たまたまこのページを開かなかったら、一生出会わなかったであろう言葉との出会いが、紙の辞書の醍醐味といいますか。
岡田 以前、本を書いた時にはよく辞書を引きました。作家の井上靖さんのように書きたいんだけれど、全部語尾が『思いました』『感じました』になってしまって。語彙のなさを痛感しましたね。伝えたいことがうまく表現できないってつらいですよ。

■言葉の持つ力、そして恐ろしさ

深谷圭助先生
岡田武史氏

深谷 指導者は、言葉を使って生徒や選手を動かすということを、もっと意識しなくてはと思います。同じ言い回しばかりだと聞くほうも飽きますから、聞き手がハッとするような言葉を考えて入れていかなくては、いい指導も出来ません。岡田さんはどうですか?
岡田 ここぞという時に選手にかける言葉は、必死で考えますね。98年もそうでしたが、2010年のワールドカップでも、選手たちがかなりのプレッシャーを感じていたのがわかりました。その心を軽くできるのは試合の直前しかないんです。
深谷 どんな言葉を?
岡田 カメルーン戦の直前、こう言いました。『みんなすごい重圧を背負ってきてくれたみたいだな。まだ重荷を背負っているやつがいたら、今日ここに置いていってくれ。その重荷というのはおそらく、うまくいかなかったら…といった不安だろう。もしそうなったら、選んだ岡田が試合に出した岡田が悪いと、そう思ったらいい。』
深谷 そして、あの大活躍だったと。
岡田 その日の雰囲気、選手のコンディションなどを観察して、臨機応変に彼らが本当に必要とする言葉を的確に選びます。それが指導者の命でもありますから。
深谷 逆に、言葉選びを間違えた時の影響も大きいですよね。
岡田 そんなミス、山ほどあります(笑)。だから僕たちは言葉の重みの恐ろしさも、理解しておかなくてはいけないと思います。
深谷 では最後に、言葉を使って指導にあたる方々に、何かメッセージがありましたら、お願いします。
岡田 数ある原人の中で、我々の先祖であるホモサピエンスが生き残ったのは、彼らだけが言葉を発明して集団生活を送ったからだといいます。ということは、言葉を話さなくなったら、コミュニケーションを取らなくなったら、人間は絶滅するということなんです。それだけ言葉は大切なものだと理解して、子供とのフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを大事にしてほしいですね。


深谷圭助先生×岡田武史氏