小学館ファミリーネット 小学一年生

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新しい辞書のかたち「コトバノチカラ」

さまざまな分野で活躍する方々に、「言葉がもつ力」「言葉の魅力」について語っていただきます。


第4回[インタビュー]三浦しをん氏

三浦しをん(みうら しおん)

1976年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。出版社への就職活動において作文が編集者の目に止まり、文章を書くことを薦められる。2000年、就職活動をテーマにした『格闘する者に○』で作家デビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』にて、第135回直木賞を受賞。小説に『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『神去なあなあ日常』など、またエッセイにも定評があり、『あやつられ文楽鑑賞』『ふむふむ おしえて、お仕事!』など著作多数。辞書編集部を舞台にした小説『舟を編む』が、2012年本屋大賞に輝く。



日本国語大辞典 第二版

日本国語大辞典 第二版
小学館/22万500円(税込)

『日本国語大辞典 第二版』は企画以来四十年、あらゆる分野にわたる三千人に及ぶ専門家の協力を仰ぎ作られた。見出し語数50万語、用例数100万例。方言の異形10万語を含めると60万語に及ぶ。用例には文献の成立年または刊行年を明示。言葉の変遷などを5000項目に及ぶ「語誌欄」で紹介。「主要出典一覧」他の別冊付録付き。


今回は、直木賞作家で、小説『舟を編む』(光文社刊)で2012年本屋大賞を受賞した、三浦しをんさんがゲスト。本屋大賞を受賞したこの作品の舞台は、出版社の辞書編集部。作品の生まれたきっかけや、辞書の楽しみ方、作家としてのことばへの想いなどを語っていただいた。

■分厚い辞書は、誰が作っているの?

三浦しをん

作家という仕事柄、辞書は普段からとても身近な存在です。仕事部屋の本棚の一面の8割ほどが辞書で占めるほど、国語辞典から類語辞典、ことわざ辞典など種類もいろいろ。頻繁に使うのは小型の『岩波国語辞典』(岩波書店)『新明解国語辞典』(三省堂)の2冊で、机の上に置いてあります。『大辞林』(三省堂)や『広辞苑』(岩波書店)など、重い大型の辞書は机の下、本棚のいちばん下の棚には、『日本国語大辞典』(小学館)が並んでいます。調べていく順番も、まず机の上の辞書で調べ、それでもわからない場合は机の下、そして最後に棚の下の『日本国語大辞典』へと下がっていきます。ただ、語源や方言などは、小さな辞書だと載っていない場合もあるので、最初から『日本国語大辞典』で調べることも多いですね。
日頃、辞書を使いながら「これって誰が書いているのだろう? どういう人たちが作っているのだろう?」と気になっていました。それが、『舟を編む』を書くきっかけになりました。本を書く前は、辞書を作っている人に「まじめ」なイメージがあったのですが、実際に辞書編集部の方に取材してみると、まじめ一辺倒ではなくて、ユーモアが豊富で、チームワークを大切にしていたり、他者に対して開かれた感じの方が多かったです。考えてみれば、辞書には次々に生まれる新しいことばも載せていくわけですから、時代を読み取る力やバランス感覚も大事なんですよね。

■ひんやりと湿り気のある辞書が好き

辞書で遊ぶ

▲辞書で遊ぶ
小学生向け『例解学習国語辞典』をパラパラとめくり、気になったことばを選んでもらった。三浦さんが選んだのは下ネタ(?)、恋愛絡みのことばから「生殖」「めくるめく」「口説く」。そして「ソート」「わんさ」ということば。「“ソート”ということばは、今まで目が滑っていて意味をよく知らなかったことばです。“わんさ”は、“わんさか”と使っていましたが、正しくは“わんさ”で副詞なんですね。初めて知りました(笑)」

例解学習国語辞典 第九版

例解学習国語辞典 第九版
小学館
B6判/1,995円(税込)
A5判/2,310円(税込)

「辞書引き学習」の提唱者、深谷圭助先生を編集委員に迎えた「辞書引き学習」に最適の辞典。すべての漢字によみがなをつけ、辞書のために開発した新書体を採用するなど、学習を楽しむためのさまざまな工夫が盛り込こまれています。

紙が「ひんやり」した湿り気のある手触りの辞書が好きです。文字も読めない小さい頃に、何かを調べるというわけではなく、分厚い『広辞苑』のページをシャッシャッとめくって、ひとり遊んでいました。ページの感触もページをめくるときの音も好きでした。調べている振りをして、大人ぶりたいというのもあったかも(笑) 小学生くらいから学校で辞書を使うようになったのですが、そのときは、そんなに熱心に辞書で調べ物はしなかったと思います。でも、下ネタ、エッチなことばは調べました(笑)
大人の辞書との出逢いは中学生のときにいただいた『大辞林』。図版も多く載っていて、見ているだけで楽しく、この辞書はボロボロになりながらも、現在も本棚に残してあります。
辞書は大切な相談相手みたいなもの。執筆していて「このことばの使い方はあっている?」と迷ったら、辞書を引いて調べます。1冊ではなく、必ず違う辞書を数冊引き比べて確認。「うむ、皆がそう言っているのなら正しいのだな」とか「私はこう思っていたけれど、皆が違うと言っているから、間違っていたのか」など、辞書と話をしています。誰かと会話していても、気になることば、聞き慣れないことばがあったりすると、帰ってから調べますね。以前、「ばんたび」ということばを頻繁に使う方がいて、意味がわからなかったのですが、『日本国語大辞典』で調べたら、「度ごと」とか「その度」という意味の方言だったことがあります。

■紙の辞書の楽しみは「より道」できること

今、使っているのは紙の辞書だけなのですが、紙の辞書には「より道」できる楽しさがあります。答えにダイレクトに到達するのではなく、調べようとしたことばの前に書いてある、全く関係のないことばに引っかかったり、パラパラとページをめくって、ふと目が止まったり…。その度に「こんなことばがあるんだ」「このことばにはこんな意味があるんだ」と、新しい発見があります。たどり着くまでの「より道」こそが、紙の辞書の楽しさでもあり、良さだと思います。それは、本屋さんで本を探すことにも似ていますね。
日常には、たくさんのことばがあふれているけれど、意外と聞き流していることが多いもの。深い意味を考えず使っていたり、文章を読んでいても、興味がないと「目が滑る」というか、いちいち引っかかりませんよね。辞書で「より道」することは、そういった目が滑っていたことばにも、あらためて出逢わせてくれます。
これからは、どんどん電子辞書の時代になっていくかもしれませんが、今の子供たちも、もし学校の授業などで紙の辞書に出逢うことがあれば、ぜひ「より道」を楽しんで欲しいですね。引いたことばを忘れてしまっても、ページをめくりながら「より道」して楽しかったという記憶は、きっと大人になっても残ると思います。

舟を編む

舟を編む

光文社刊/1,575円(税込)

全国書店員が選ぶ、2012年度本屋大賞を受賞、50万部を超えるベストセラー小説。小説の主人公は、少し変わり者ではあるが、ことばに対して独特の感性を持つ辞書編集部員。辞書編纂にかかわる個性豊かな人々、ことばへの強い想い、さらには仕事への向き合い方、恋愛模様など織り交ぜながら、物語は新しい辞書『大渡海』の完成へと向け進んでいく。ページ内にことばを収めるための苦労や、紙の風合いへのこだわりなど、辞書作りの舞台裏を知ることもできる。

取材・文/小林賢恵
イラスト/和久原にこ
撮影/国語辞典編集部
協力/光文社『CLASSY』編集部]