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☆ご投稿者 神奈川県・かずねさん(26) (一年生・みーちゃん 従兄妹)
 ママは学校の向かい側にある自宅玄関前でみーちゃんが帰ってくるのを待っていました。初めての登下校なので、先生方が引率して集団下校でした。自宅は目の前なので、校門を出てすぐ帰宅できるのですが、みーちゃんは列を離れてはいけないと思い、皆と一緒に自宅の前を通り過ぎてしまいました。ママはみーちゃんと顔を見合わせ、他の子と家の前を通り過ぎるみーちゃんを見て、どうして帰ってこないんだろうと思いながらも、とりあえず見送りました。少し先の横断歩道の前で、先生が渡るよう促し、みーちゃんもその通り横断歩道を渡りました。先生は学校へ引き返し、友達もその場を立ち去り、みーちゃんは一人ぽっちに。娘が来ないのでママは不思議に思い、後を追って行くと、道の反対側でみーちゃんが一人寂しそうに立っていました。ママを見たみーちゃんは信号が青に変わると一目散にママの膝に飛び込んで泣いてしまいました。
☆ご投稿者 静岡県・木村真木恵さん (一年生・真唯さん 長女)
 待ちに待った入学式の朝。娘が袖を通す服は、母である私が入学式の日に着たものです。赤いブレザー、白いブラウス、紺のプリーツスカート。もちろん紺色の靴までもそうです。実家には娘が「宝箱」と呼ぶ古い衣装ケースがあります。この中身は私が生まれたときの布オムツに始まり、幼稚園のバレエ衣装、浴衣、入園卒園、入学卒業といった節目の服で実家の母が大切にとっておいてくれた思い出の衣類たちです。母が私を大事に思っていてくれたことを大人になって改めて知りました。娘にも何かの形となって心に残ってくれることを祈りました。
☆ご投稿者 兵庫県・きょんさん(35) (一年生・京香さん 子供)
 ちょうど入学式のときに下の子の予定日で、予定日の晩に、陣痛も前触れもなく、明日はママも入学式にいけるね~っていっていたら、12時ごろ破水してしまい、家族で病院へ。上の子のときはすぐに生まれたので、下の子のときも1時間くらいパジャマで待っていてくれたけれど、看護婦さんにも、もうしばらくかかるね~っていわれ、上の子とだんなは明日があるので、帰ってもらうことに。結局お昼の12時ごろ生まれて、2時ごろだんなと上の子がスーツ姿できてくれ、胸に花を挿してもらっていて、ガラス越しに下の子を見ていたのを、思い出します^-^。後から聞いたら、その後の、体操服に名前を縫ったり、学校からおはじきや鉛筆など、すべてに名前を書くのが大変だったらしく、いまだに洗濯するときなど、だんなの大きな字を見ると、笑ってしまいます。だんなもいい経験だったのでは?と思います。
☆ご投稿者 岩手県・熊谷昌子さん(63) (一年生・剛さん 長男)
 33年前、息子の入学式。新一年生は27名。日頃は、田んぼや畑の農作業。晴れの入学式。名古屋生まれの私。あえて、まっ赤なスーツを新調。オババは、「アレッマァー」とたまげた。学校まで、1.5キロの道のり。当時は、ほとんど自家用車はゼロ。チラチラ雪降る道を、こどもと手をつないで歩いていると、畑から「どこサ~」の声。「学校」「えかったことー」と集落の顔なじみの、オジさん。「間に合うあ~」ちゅうちょしていると、「トラックさ、乗っていけ~」と乗せられ、すると、ピカピカの一年生。発見。「乗っていけ~」そして、又ひとり。当然軽トラックの荷台に7、8人、大人と子どもが乗って学校に到着。周囲は、ほとんど、着物。まっ赤に燃えた私のスーツに全員、あ然。でも、「やっぱり名古屋から来たアネっコは、たまげた~」で大笑い。忘れられない、入学式のホットなエピソードです。
☆ご投稿者 熊本県・さちさん(32) (一年生・こうたさん 息子)
 初めての入学式でこうたよりも緊張していた私。一生に一度のことなので一生懸命にビデオカメラで入学式の場面を撮っていた。完璧に撮ったと思っていて、家に帰りビデオカメラを見ると、こうたにそっくりな子をずっと撮っていて、肝心なこうたは一度も撮っていなかった。こうたもがっかりしていたので、制服の姿をカメラでたくさん撮してあげると機嫌もよくなり、ほっとした私でした。
☆ご投稿者 沖縄県・しょうちゃん(46) (一年生・彰さん 息子)
 我が息子「彰」は生まれながら重度の心疾患を患い、心臓手術の後遺症で尿は一滴も出ず、3時間毎の腹膜透析とわずかなミルクの注入を行いながら奇跡的にも6歳という年齢まで生きることができました。そんな彼もピッカピカの一年生。町には真新しいランドセル。それを見ながら背負うことができない息子を思うと、いつもその場を避けるように下を向いていました。そんな時、大きな箱が自宅に届き、それを開けると中には小さな水色ランドセル。体重8㎏の小さな彼の背中に、それはぴったりで、ランドセルを背負う姿に涙がとめどもなくあふれてこぼれ落ちていきました。そして病室でとり行われた温かな入学式。校歌を聞きながら、よくここまで生きてくれたのだと感謝した日。初めての「おめでとう」が今でも胸を熱くする。今頃彰は、お気にいりのランドセルを背負ってあの世で元気一杯に学校に通っているのだろう。
☆ご投稿者 青森県・ハローエッグさん(37) (一年生・はやちゃん 弟)
 あれは私が小学五年生の時のことです。弟の小学校の入学式を控えた私の春休み。母親が怪我をして骨折してしまいました。しばらく動けなく安静にしなければならず、入学式の日、弟にとって私が”小さなお母さん”になりました。確か父は仕事が休めず兄も中学があり、私が出席したんだと思うのですが・・・。私は式の間、新入学の子供たちの後ろの保護者席に座っていました。式が終わり一年生の教室の後ろに保護者たちと並び、先生に母からの手紙を渡したのを覚えています。高学年とはいえ、式の間もドキドキしていたのを覚えています。そして晴れやかに式終了後は弟と手をつなぎ帰宅しました。時はさかのぼり、およそ26年前の話になります。
☆ご投稿者 埼玉県・まぁたんさん(27) (一年生・勇我さん 息子)
 去年、息子は主人と同じ学校に入学しました。 息子は周りの子より一回り小さくて、いつも背の順も一番前です。 入学式に着て行くスーツを買いに行こうと思っていた時の話です。 他の子供よりも小さい息子はなかなかサイズが合うスーツが見つかりませんでした。 主人の母とその事で話していた時に母が パパ(主人)の入学式の時に着たスーツがしまってあったと思うから待っていてと言われ、持って来てくれたスーツは小さくて、20年前なのに綺麗に取ってあって驚きました。 そしてそれを息子が着てみたらピッタリ!  母が懐しそうに息子の姿を見て喜んでいたのが今でも心に残っています。 入学式当日は仕事で忙しかった義母に、主人が20年前に着たスーツの息子を写真に撮り、メールしました。 まわりの友達の着ていたスーツは今時のデザインでズボンが長いのに、息子が着ていたスーツは20年前のデザインで明らかに一人違いました。 その写真を見た義母から、新しいのを買ってあげれば良かったね…と返信が。でも息子はパパが着たスーツを自分も着ていけた事が嬉しかったので、息子はとても喜んでます、と元気いっぱいの笑顔の写真を付けてメールを送ったら 母はとても嬉しかったようで泣いていたそうです。 パパと同じ学校で今も元気いっぱいに通っています。
☆ご投稿者 滋賀県・ままのまさん(41) (一年生・あっちん 息子)
 入学式の10日前に右足脛を骨折したあっちん。右足の踵からひざ上10センチまでギプスになりました。入学式の日は、車いすを持参して登校。一年生の教室前は、新入生とその保護者、そして、新入生を見に来ている上級生でたいへん混雑していました。その中を、あっちんは満面の笑顔で車いすに座り、教室へ進んで行きました。体育館での入学式に行く時は、先生が車いすを押してくださいましたが、そのときも、なぜか誇らしげに、背もたれにもたれ、とびきりの笑顔でした。あとで聞くと、カゴに乗って移動するお殿様気分だったと、私の心配をよそにのん気なことを言っていました。式の中で、新入生の名前がひとりひとり呼ばれました。あっちんも名前を呼ばれると、大きな声で返事ができ、私は保護者席でほっとしました。車いすで目立っていたので、すぐにみんなに覚えてもらい、友達はすぐできたようでした。災いも悪いことばかりではないと、今では笑える話です。
☆ご投稿者 神奈川県・みゆうママさん(43) (一年生・みずきさん 娘)
 4月10日が出産予定だった母、なんとか娘の入学式(5日)に出席してあげたいと思っていた入学式前日の夜、微弱陣痛が始まっていたのをなんとか刺激しないよう大事にしていた母のお腹を、みずき(娘)は明日が入学式ということに気を良くしていたのだろう。「もう出てきていいよ!」と軽くたたいた。とたん本格的な陣痛が始まり入学式の朝、長男が誕生した。お腹の中で、姉(みずき)の声が聞こえていたのかしらん? 母が入学式に出れなかったのは言うまでもない・・・。嬉しいやら、残念やら。
☆ご投稿者 東京都・理羽さん(28) (一年生・梨可子さん 姉妹)
 私が中学校に入学した年に妹は小学校入学。エコという言葉が流行るだいぶ前から母は物を長持ちさせる事を好み、もちろん私が六年間使い古したランドセルを妹にと。でもCMでは『ピッカピカのランドセル』と何度も流れ、妹の友達はみんな新品のランドセルの自慢話。入学式を前に妹は母に猛抗議「私、お姉ちゃんのランドセルはイヤッ!」困った母は「はいはい、違うの用意してあげるから」と言いました。その夜から母はやたら頻繁に次から次へと電話をかけていた様子。そして入学式前日、母は妹に「はい、どれでも好きなのを選びなさい」と、そこには計6個のランドセルが! それは私と同い年の卒業生からゆずってもらったお古。圧倒的な数に驚き、妹は渋々一番キレイなランドセルを背負いました。入学式当日は大雨で、どの子も新品のランドセルが濡れるのを嫌がり大騒ぎ。でも妹だけはかわりがいくつもあるため、雨など気にせず、意気揚々と新しい学校の門をくぐった。最高の笑顔だった。
☆ご投稿者 鹿児島県・れおせなさん(34) (一年生・れおさん 息子)
 れおは学区外の保育園に通っていたため、入学式ではほとんどお友達がいませんでした。通っている小学校では一番遠い約2.5kmを重いランドセルを背負って、1時間近くかけて帰ってきます。入学式の翌日。初めて一人で下校して来る日。下校時刻を過ぎてもなかなか帰ってきません。どうしたのかな? 事故じゃないよね…不安がよぎります。でも晴々しく帰ってくる息子を出迎えたくて、待っていました。すると…庭を一年生らしき小さな男の子が2人、にこにこと歩いています。もうひとりはだあれ? 玄関を開けるとそこには、学校から500m付近に自宅のあるゆうたくんが、れおと立っているではありませんか。「もうくたくた…」という2人に「ゆうたくんはどうして一緒に帰ってきたの?」と尋ねました。すると、「れおくんがさみしいといけないから、お家まで送ってあげるっていったんだよ」と答えるれお。ゆうたくんの優しさに涙がでそうになりましたが、我に返り「おうちの人が心配してるだろうから」と言って帰ってきた道をまた車で送っていきました。「ありがとうね…」そういうのが私にはやっとでした。ちょうどそのころ、ゆうたくんの家では、待てど暮らせど下校しない息子を探していたようです。何度もお礼を言って自宅に帰ると、息子のれおは疲れて玄関ですやすやと眠っていました。今日1日で一生の友達に出会えたであろうれお。今四年生になり、ゆうたくんと同じ軟式野球チームで汗を流す毎日です。ありがとうゆうたくん。あなたが声を掛けてくれたから、今ではたくさんの友達と楽しく過ごしていることに感謝です。
☆ご投稿者 岐阜県・れおんくんママさん(26) (一年生・ナオリちゃん 息子)
 私が小学校一年生になる時、不安でいっぱいで泣いてばかりいました。そんな私に入学式の前の日、母は真新しい制服の内側にワッペンを付けてくれました。「このワッペンはお母さんだから」と。母と私だけの秘密。入学式、その次の日・・・と何回もそのワッペンを握りました。ほんとうに心強かったです。そのワッペンはチューリップでした。あれから何年も経ち、母とメールのやりとりをしますが、決まってチューリップの絵文字があり、ワッペンと一緒に過ごしたのを思い出します。そして来年、息子が小学校に入学します。やっぱり不安みたいです。このエピソードを話しつつ、小さな小さなワッペンを付けてあげたいと思います。

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